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久しぶりの日本語のエントリーです。

自分らしさを保ちたいだけです。周りの人を傷付けたり、余計に面倒を掛けたりしない限り、自分の選んだ道を貫きたいだけです。

裕福な生活ができる人しか言えない台詞だと、よく分かっています。そして、わがままとか協調性はないと言われたこともあります。あることについては、反省もして、間違えたところを変えようともしましたが、時々どのようにひどく言われても自分の行動/意見が間違ったとは、どうにも思えません。それは、相手の観点を拒むのではなく、ただこちらも自分のわけがあります。それを相手に伝えるか伝えないか、それが関係はどうになったり、誤解が生じたりしていくかどうかの鍵です。多分、最初からひどく言われたら、誤解を解いたりすることはしません。何故なら、もう傷付いたからです。別に相手のことはどうでもいいとか思っていませんが、人生は疲れるものとか、一人の生活に慣れてきたなど、そう思うようになってきてしまったかしら。

何語でも書くことに対する優れた能力を持つ人だと、自分は100%の自信があります。話すのは、どうかなぁ?多分、誰かを説得することが柄ではありません。そのため、相手は遥かに異なった意見を言い出しても、正直に平気でいられます。知り合いの中で、多分腹が立って、自分の意見を宣言する人が何人もいますが、私はそうするのは滅多にありません。多分相手は自分の意見が受け入れてくれられるかどうか、そういうのを見極めることができて、喧嘩をしたくないからです。それはただの勘違いかもしれません。または、自分の弱さを曝け出すことを避けたいだけかもしれません。私の考えは・・・いざという時分かるさ、皆の立場が。しかし、いざという時に取った行動でこそ、真の性格が見えるという話は、絶対的だとは思いません。人間は良くも悪くも、「可能性」を秘めるものだから。

寒い夜。学校で最後の発表、最後の試験。後何ヶ月平日の日課。感傷的になるのも当然でありますねぇ…