Tags

, , ,

誰かのために微笑むこと。
誰かのために涙をすること。
誰かのために祈ること。
誰かのためにもっと頑張りたいこと。
誰かのために何かをしたいこと。
誰かのために命まで落としても構わないこと。
 

多くの「誰かのために」を思いながら、生きてきた者達。そして、「自分のために」を思いながら、生きてきた者達。両方も信じて、今まで何とかしてきた者達。

私は人が自分を理解し、何が欲しいか欲しくないか、まずそれらを把握してから、「誰かのために」に応じることができると思います。何故なら、人間は神様ではないため、動機や私心が必然的にあります。一方的に相手のために生き、最後に向こうの喜怒哀楽に左右したりされたら、自分を見失ってしまいます。そうしたら、誰にとってもいいことではないです、きっと。「誰かのために」で生きることはできないとか良くないなど言っていません。しかし、ある時「誰かのために」は相手に余計な負担を掛けたり、逆に相手に害をしたりしてしまうことも事実です。

きれいな心の持ち主ではないです。はっきりと言えるのは、自分のことをよく理解しているからです。もちろん悪党でもないですが、「誰かのために」を考える前に、「自分のために」を考えることが多い方です。落ち込んでいたら確実に周りの人に影響を与えるからです。やつ当たるのが完全に制限できないし、子供のように常に可愛がられたく、当然に責められたら、最初の反応は「Hmph!」となります。後は、反省することはしますがね。

私の場合では、誰かのために何かをする前に、自分のことを処理しなくてはいけません。自分を磨いたりしてから、のことです。しかし、ベースは「誰かのために」何かをしたいからです。

「私のために何かをしてくれる人を、簡単に扱いたくない」と、ある友達はこう言ってくれた。しかし、その人のために何かをしたという記憶はしていません。表はそうに見えたかもしれませんが、自分の取った行動で結局二人とも傷付いてしまいました。だから、今度こそ正しい決定をしたいです。

誰かのために…か。理屈ではないですね。

ただ、大切だから。